小野先生4

今でこそ私は太陽信奉者になってますが、気功師養成中の方の子供さんに、
先生の絵を描いてもらうと、太陽が描かれていました。
私が「先生はどこ?」と聞いた時「太陽が先生」

この時私はその意味が分からず、お返事ができませんでした。
その時診察室で聞かれていた先生がすっと現れ、「うん、良くできてる」
と喜ばれ、ほめられたのでした。
この時の私は功法は覚えていても気が全くわかってなかった事さえもきずかなかったのでした。

今になって、太陽で生かされてること、エネルギーの源であることを知り、先生の波動は太陽と
呼応されてたのだと思います。

日曜だけが休みでしたので、毎週湯布院の土地で、畑を作られドライブが趣味でした。
そして、ここに滞在型の療養所を作ろうという夢を持ってましたが、先生の体は段々
無理されて弱られていき、立ち消えになりましたが、気のエネルギーは少しでも残っていれば
動けるのです。私はそれも知らず、表面の動きだけで判断して深刻に考えてませんでした。
気功師養成のお弟子さんが5,6人位にふえた時、お弟子さん達にお任せできる状態になり、私も約束の5年たち、すべてをお譲りし、自分の道を歩むことを許してもらう事にしたのです。

施術の仕方も練習もしてなかった私が自立するといっても、何もできるはずがありません。
毎日先生のそばでずっと気をうけていたので、健康になったと思ってましたが、何を目的としたらいいのか、しばらくは店舗契約したまま、誰にも知らせてないし、お昼前に来て、2時間ぐらいいて、帰ってました。

でも、看板だけは出しましたので、開業3日目に「ももち浜ストア」がきてテレビで紹介され、
やらざるをえなくなったのでした。

今も瞼に強く残ってるのは、洋服を着れないお客様への遠隔療法を、仕事終わりの診察室で
垣間見た時です。両手を振って気を起こしその手の先からは金色の光が輝いていたことです。
病院に行こうにも裸では行けません、1歩も外に出られない辛さ。お客様の感謝はいかばかりでしたでしょう。
自分の体より、困られてる方の体をよくする利他の精神そのものです。
まだまだ先生の施術のすばらしさは書き尽くせません。

あと一つ、先生の頭は酸素不足の時間が長くて言葉がでられなかったのですが、気功施術がふえてくると、すっかり流暢にお話しできるようになられ、悪くなってた脳が見事きれいに回復されたのです。これは認知症に応用できることだと思いました。

今朝の太陽

何度とっても晴れなのにこれだけぼやけます。

夕方は曇り空でとれませんでした。
写真はアメーバーので見てください。

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