気功の神髄
遅起きすると。雨模様、ふむふむ。今日の予報は?雨のち晴れ。
朝食中に陽が射してきて、太陽優先で、素肌のまま飛び出しました。
その時の太陽はこんな様子↓

喜んで出て、周りとのずれを感じました。皆様軽装、私はガッチリ真冬体制の防止付き。
着替えに変える時間も惜しく、街路のお花を堪能しながら夢気分で、舞鶴公園についた時、
急な雨が冷たく強風と共に。私はマフラーで顔を覆い、帽子を起こし、雨の中をしのぎ、
地下鉄の区役所迄続いた通路を通りマンションの前に上がるとなんとその時の空↓
出かけた時と同じでした

気功をし初めて、今まで雨に縁がなかった自分がこんなことになるとは、
昔のお客様でしかご存じないことですが。
もちろん当時のインストラクターの中の数人の方もしかりでした。
私より若いインストラクターの方は草ヶ江から信号が多い所をノンストップで毎回こられてるのに、びっくり。
極めつけは故小野先生と上海に行く時、空港までお出迎えにきていただくのですが、「今日は台風で、飛行機は飛ばないと思ってました」と晴れ渡った空を不思議そうに見られてました。
その時「いや、僕よりもっとすごい老師がいらっしゃいますね、中国には」と言われ、
こんなお話を
雨が降り出した時、老師が傘を持つ格好をされ、「はい、皆この傘に入って」
手だけしかみえない傘なのに、皆一斉に喜んで入られます。
小野先生も入って、本当に濡れる感覚がないのを経験されたそうです。
周りの雨が止んだのではなく、老師の気が自分の意識した部分に作用して跳ね返したんだろう、
と先生はおっしゃられました。
私は未熟でしたので、にわかには信じられませんでしたが、今は、よく理解できます。
雨が降ってる時玄関まで出たら、止んでること。外出中に雨に合わないというジンクス。など。
気功のこのような信じにくいことは、自分がそれを体験するまで、分かりません。気功の力は
知識や資格などでは理解できるものではなく、実際に自分がどれだけ体験を積み重ねたかになります。
ご自分の進歩は、その体験でしかわかりません。
なので、気功のノウハウを知っていても、現実に頭痛持ってる方や痛みを抑えることが、できなければ、
何にもならないと思います。
今5年以上になる方は、分室で頑張られていますが、その方達は、確実に治せた経験があったからです。
それを決めるのは、治してもらった方の証明しかありません。
それ以外は机上論になりますね。
気功の力をつける方法は、まず、身近な方に練習させてもらうことです。
そんな方は遠慮せず本当のことを言ってくれます。
それと物理的(体のマッサージなものと組み合わせての練習はNGです)
なぜかというと、潤沢でない自分だけを支えている気のエネルギーで治すことになるからです。
どんな重病者でも、治せるようになるには、自分のエネルギーを強くしなくてはなりません。
その為には波動を高めるしかありません。
我欲をなくす事が究極ですが、物理的社会に住んでる私たちにとって、生きる希望がなくなりかねませんね。
私もそれが出来てなくて、自分を優先しています。
そんな私も自分の周りの方の狭い範囲で、いくらかでも、心がけられることを自分の限界でやり、とても気功の大家にはなれないことを自覚しております。
波動の高さは特別犠牲になる事ではなく、ちょっとした親切でもいいと思います。「助ける」という気持ちより自然に出来るなんでもない事でいいのです。そんなことって一杯ありますよね。
毎日エレベーターで初めて乗り合わせる方に「寒いですね」と笑顔で話しかける。
この時笑顔が言葉より大事です。その笑顔が人の心を癒します。人の絆が薄れ、他人に無関心な風潮に、笑顔ほど、ほっとするものはありません。
昨日も高齢者の方がバスに乗られる時重そうなショッピングカーをもちあげるのに、てまどっていらっしゃいました。
後ろに乗る方が迷惑そうにされてましたので、座って乗っていた私が立ち上がり上から、引き上げたのですが、周りは元気な方が多いのに誰も手伝おうとはされませんでした。
私も高齢者で筋肉なく、ショッピグカーは持っていても、バスに乗る時は使いません、上げ下ろしが非力すぎて。
あげれるかどうか自信なくても、まず、やってみようと思う気持ちに従うだけです。それをしないことが波動を下げることになると思っています。
気功は波動が最後の決め手のように思います。20年前は波動という言葉はあまり知られていませんでした.。
その時私にはなぜか波動が先で気功が次だという考えが当然のように浮かび、店名にしました。
中川昌蔵さんの本、シルバーバーチ、スエデンボルグ、江本さんの水の写真、コンノケンイチさん、深野一幸さん、今村光一さん、臨死体験の立花隆さんなどを読み始めていたからかもしれません。この時代に見えない世界を追求された方達です。
長くなりましたので、今日はここまでで。

お花が一杯撮れました

