私が初めて「乳がん」と宣告されたのはまだ20代でした。婦人雑誌に「乳がんの見つけ方」という記事を見て触ると痛みのないはっきりしたしこりがあったのです。
誰にも相談せず、九大に行くと「がんかもしれないので、手術して検査しないとはっきりわかりません」と言われました。
当時やっとがんというのが出始めた時で今のように切らずにわかるものではありませんでした。
インターンの男性の方たちが5人ほど前に立たれ、先生が乳がんの説明をされたのですが、若かったので、恥ずかしく人生で初めての辛い思い出になって今でもはっきりその場面だけを覚えてます。
その日に手術を申し込みしましたら「ご家族に一応相談してきてください」と言われました。でも私のことで相談することではないと思ってました。手術をすれば、それを切り取ってしまえば治るのだ、と信じ
専門家にゆだねるのが当然だと思っていました。
手術した結果がんではなく、それですぐ忘れて生活していましたが今度は40代になってまたしこりが同じところにできました。
今度は九州ガンセンターに行きました。
ここでは即検査入院で、入院中手術後のリハビリの練習までしました。
手術する前「状況によっては全摘になるかもしれません」と言われてましたので覚悟していました。
そしてまた癌ではなかったのです。でもここでは九大と違って厳しい指令がくだりました。
定期健診を最初は1週間ごと、次1ヶ月ごと次3ヶ月毎と癌化するのを早期発見するのにと。でも、呼び出されても2度と行きませんでした。
癌センターでさえ、こんなことになることに病院が絶対的ではないのではという気持ちになりました。
又この入院の時初めて金縛りや谷底に落ちる夢とかを経験しました、1日も早く退院したい一心でした。
退院して知り合いの方にがんの方が増えあっという間になくなられた方もありショックを受けました。
この頃、故森下敬一先生を知ったのです。それからびわ葉温灸も推奨されてましたので合宿セミナーを受けたりで、周りの病気の方にお見舞いとしてビワセットをくばりましたが、ほとんどの方はされてないようでした。
当時は抗がん剤こそ最良と思われた時代でしたから。
それが今では自分で治すことができるものだと信じるようになりました。
そして私と同じお気持ちのお客様に来ていただける時大変仕事冥利に尽きる幸せを感じます。
ただ、高齢ゆえに無理ができないので、体が許す範囲までというお約束になりますが(お電話でなく)メールでのご相談は無料で経験に基ずくお答えをさせていただきます。